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【物語】タイムスリップ

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ある男は考えていました。
「もう一度、人生をやり直したい。」
男は、今までの人生で間違った選択を
幾度も繰り返してきました。
今度こそ、思い描いた通りの人生を
送ってやる。
そこで男が取り出したのは、
小型のタイムスリップ装置でした。
ポケットから取り出したその装置は、
男の手に収まる小ささで、
本当にこんなもので過去に飛べるのかと
半信半疑ではありましたが、
男の友達も、また周囲もこの装置を
推奨していたので、
疑う余地はないと思いました。
男は幾つかボタンを操作した後、
大きく息を吸い込みました。
そして意を決して、
スタートボタンを押したのです。

その犬は、
どうして自分がこんな場所にいるのか、
全く意味が分かりませんでした。
いつもの飼い主との散歩の途中、
スーパーに立ち寄ることになり、
店先のベンチで大人しく
リードに繋がれていました。
ふと隣を見ると、
大柄で黒い格好をした男が
俯いた姿勢で座っていました。
男からはあまり良いオーラ(雰囲気)が
出ていなかったので、
あまり傍には近寄りたくないと
感じていました。
男が大きく息を吸い込んだ後、
その犬の意識はなくなりました。
正確には意識は飛んだだけなのですが、
次に目を覚ました時、
犬は全く知らない場所にいました。
すぐ視線の先には、先ほど見た
黒い大柄な男性が倒れ込んでいます。
辺りには知らない景色が広がっていて、
スーパーも、その前の駐車場もなく、
何故だか自分は道の真ん中に
いるようでした。
犬は、「わぉん。」と鳴いてみました。
けれどももちろん、
飼い主の返事はありません。
犬は、自分が異世界にいることに
気付きました。野生の勘です。
それから徐々に、
今いる状況を悟り始めました。
前に進まなければならない、と
感じたのです。

男が設定したのは、20年前の世界でした。
男はそこで、20年前の自分に
忠告するつもりでした。
「お前は、間違っている。」と。
それから現世へ戻って、
本来あるべき正しい道を
再び歩き始めるつもりでした。

犬は、ここが今までの場所と違うなら、
まず食べ物をどうするか考えなければ
ならないと思いました。
彼には餌を狩る能力はありません。
あるのは、愛嬌のみです。
彼は人が多く通る場所を見つけると、
そこで物乞いを始めました。
物乞いといっても、
ただ目の前を通っていく人々の目を
じっと見つめるだけです。
そうこうしているうちに幾人かの人達が
彼に餌を恵んでくれ、
しまいには新しい家族が
彼を引き取っていきました。

道に一人残された男は、昔の記憶を頼りに
彼自身の待つ家へと歩き始めました。
町並みはだいぶ変わっていましたが、
昔住んでいた土地なので
思い出すのは造作もないことでした。
この世界では彼は14歳の少年でした。
多感な時期だったと思います。
彼はあまり友達と遊ぶタイプでは
なかったので、恐らく今も
家にいるだろうと思われました。

彼は小さな一軒家の前で立ち止まりました。
そこが彼の家でした。
古ぼけた瓦屋根の家で、他にも数軒
似たような家が立ち並んでいました。
男は一歩足を踏み出しました。
ここで勇気を出さないと、
男は一生駄目人間のままだと思いました。
幸い、家の鍵は開いており、
両親がいる気配もありませんでした。
だとしたら、自分がいる以外ありません。
彼は二階にある自分の部屋へと
歩を進めました。
部屋の扉は開いていました。
そこには、今まさに自殺を試みる
自分の姿がありました。
「おいっ!ちょっと待て!!
お前何やってるんだよ!!」
男は思わず叫びました。
今まさに自分の首に縄をかけようとする
自分を前にして、
驚愕と身のすくむ思いがしました。
自分が、じっとこちらを見据えてきます。
男は恐る恐る口を開きました。
「おま・・・君、一体何をしてるんだ?」
過去の自分はこう答えました。
「おじさんこそ、一体誰?」
男は一瞬言葉に詰まりましたが、
すぐにこう切り返しました。
「おじさんは、君のお父さんの友達だよ。
それより、一体何だい?どうして
こんなことしようとするんだ!?」
過去の自分は少々呆れた様子で、
男にこう答えました。
「どうしてって、死にたいからに
決まってるじゃないか。」
「だから、それはどうしてっ!?」
過去の自分は、一瞬躊躇ったあと
こう言いました。
「最近、無性に消えたい、って
感じるんだよ。理由はよく
分からないんだけどね。
自分は駄目な存在なんじゃないかって、
そう思うんだよ。」
過去の自分は疲れたような顔を
して言いました。
男はハッとした表情になりました。
自分が自分を否定したから、
過去の自分が消えようとしている・・?
男には自殺をしようとした過去は
ありません。
今目の前で過去の自分が自殺すれば、
恐らく今の自分も消えてしまうでしょう。
男は、ゆっくりと静かな口調で
言いました。
「そんなこと、ないよ。」
過去の自分が怪訝そうな顔をして、
男の方を見ています。
男は肩を落とし、
苦痛を堪えるような表情をして、
小さな声で呟きました。
「駄目なんてこと、ないんだよ。」
あまりに突然の男の変わりように、
過去の自分は戸惑い、
強く握りしめていた縄を手放しました。
目の前の男が誰なのか、
本当はよく分からないけれど、
それでも自分に敵意がないことは
感じられました。
「君は信じられないかもしれないけれど、」
と、男が言いました。
「俺は未来の君なんだ。」
それから、男は今までのあらましと、
自分が何故ここに来たのか、
計画が失敗した時どうするかについて
話し始めました。
「俺は、もし過去に戻っても
何も変わらないならば、
現代に戻って自殺するつもりだったんだ。」
過去の自分が大きく目を見開きました。
「だけど、分かったんだよ。
俺は、自分で不幸になるように
自分に仕向けてたんだ。
物事は考え方次第で、幸にも不幸にも
変わるんだな。」
そう言って、静かに自分の部屋を
後にしました。

後に残された少年は、
なぜだか腑に落ちた気持ちでいました。
おじさんの言ってることは
めちゃくちゃだったけれど、
それが自分を励ます為に言った言葉だと
伝わったからです。

家から出た男は、
これから自分がどうするべきか
しばらくの間考えこんでいました。
前方からは真っ白な毛をした犬が、
飼い主と一緒にこちらへ向かって
歩いてきました。
リードに繋がれたその姿は、
とても嬉しそうで、
見ているこちらも笑顔になれそうでした。
犬とすれ違った後、
決心したかのように「よし。」と呟くと、
男は自分の道を歩き始めました。