紆余曲折あった私のこれまで⑤

何もかも空回りし、上手くいかなくなった私に転機が訪れたのは、高校を卒業してから半年が経った頃でした。お盆でおばあちゃんの家に行った際、いとこにあるアルバイトを紹介されたのです。
(私は普段、いとことはほとんど交流しないのですが、その時はたまたま喋る機会があった。)


いとこには、牛乳屋さんで働いていた経緯と、もともとは営業として雇って頂いたことを話しました。
(接客は問題なくこなせていたこと、社内での交流は少なくて済むということを考慮して、当初は営業なら上手くやれるのではと考えていた。しかし、実際には"飛び込みだったこともあるが"一日で心が折れ、号泣し、配達員への変更を余儀なくされた。)


いとこはちょうど営業マンだったこともあり、
また、以前勤めていた職場が人手不足だったこともあって、そこで働いてみないかと提案されました。
そこは、ガソリンスタンドでした。


私は女性でしたが、バイクが好きだったこともあり、また、仕事を選べる立場でもなかった為、藁をもすがる気持ちでOKと返事しました。


今思えば、ここで断っておけば、後に大きな迷惑をおかけすることもなかったのにと、悔やむ思いもあります。
しかし、ここでの失敗が、私を大きく成長させることになったのも確かです。


ガソリンスタンドでの仕事は、すぐ翌月から始まりました。率直に言ってしまうと、そこはブラックでした。従業員の方は優しい方もいましたが、仕事を全然しない方もいました。私としては初めての(そして恐らく最初で最後の)フルタイム勤務でもありました。

一つ不思議だったのが、そんな環境だったにも関わらず、出勤一日で辞めるということがなかったことです。
それまでは、面接の段階で体調を崩して、すぐに電話で辞退するという流れが続いていたのに、その点だけは不思議でした。

→続く

紆余曲折あった私のこれまで④

高校を卒業したことによって、私は所属する場所と、相談できる人を失いました。(仲の良かった美術の先生と、信頼するスクールカウンセラー)


先生には学校へ行けば会えますが、既に生徒という立場ではなくなっていた為、気軽に相談するのは難しい状況でした。
また、卒業が近付くにつれ、情緒不安定になっていったこともあり、それまで働いていた牛乳屋さんも辞めざるを得なくなりました。


心の拠り所を無くしたことにより、私はまた元の引きこもりへと戻っていきます。


私の高校では、卒業するまでの上限が10年(確かそのくらいだったはず)と定められていました。
実際には3年で卒業したので、もっと長く在籍していることも可能でした。
(当時はかなり後悔しました。)
けれどそうしなかったのは、早く自立したいという気持ちが強かったからです。(矛盾しているようですが。)


このまま長く学校に居ても、何も変わらない。そんな気持ちがあったから、不必要な単位を取ってまで長居しようとは考えませんでした。


家での私の生活は、暗く、憂鬱なものでした。仕事をしようにも、面接の段階で疲れ果ててしまうため、毎日「何で生きているんだろう。」と思う日々が続きました。


正直、先の事が全く見えなかった為、「死にたい」と思うことも多々ありました。
それができなかったのは、まだ、私が最悪の状況にいなかった為、何かできることが残されていた為だと思います。
(家があり、今すぐ生活に困るような状況ではなかった。)


とはいえ、一時は布団から起き上がれないほど塞ぎこんでいたのは確かです。

→続く

紆余曲折あった私のこれまで③

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通信制高校での日々は、順調に過ぎていきました。
今までとは違い、(災害の日以外)一度も休むことなく、単位を落とすこともありませんでした。
ただ、私には大きな壁がありました。それは、卒業しても行く当てがないということです。


普通であれば、高校を卒業した後は、大学へ進むか、就職するかを考えると思います。しかし、私にはそのどちらの道もありませんでした。


就職しても、長続きするとは到底思えませんし、キツい思いをしてまで学びたいこともありませんでした。(大学への憧れは人並みにありました。)


卒業間近となって、当時働いていた牛乳屋さんから「(配達員として)正社員にならないか」とお誘いを受けました。

が、ただでさえ週6勤務でギリギリのところに、更なる負担を増やしてはとてもやっていけないと思い、お断りしました。(4、5時間勤務ではあったけれど。)


辛いこともあったけれど、楽しいことの方が多い毎日でした。仕事での悩みは多々ありましたが、それでも続けることはできていました。
しかし、卒業した後は、それも無理になりました。
長い間、仕事が1日も続かない日々が続くのです。

→続く

「いつも元気だね」と言われるけれど。。。

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仕事をしていると、よく言われるのが、「○○さんはいつも元気だね」という言葉。
どの職場でも、これに近いことは言われます。
もちろん、嬉しい気持ちはあるのだけれど、少し複雑です。


家の中での私は、どちらかというと口数が少なくて、疲れて倒れ込んでいることもしばしば。元気とは真逆の存在で、
「どうしてこんなにも思う通りに体が動かないんだろう。」
と思い悩むことも多いです。


だからといって、むやみやたらに「疲れた」というのも気が引けるので、このバランスが非常に難しいです。
(大抵は少し無理してでも頑張ろうという気持ちが勝ってしまって、限界が分からなくなります。)
普通の人と足並みを揃えるのは、とても難しいです。


ただ、根底には、
「人に喜ばれたい」
というのがあって。
それはつまり、
「人に必要とされたい」
ということだと思うんですけど、その為につい頑張りすぎてしまうんですね。
本なんかでも、よく、「頑張り過ぎなくていい」なんて書いてあるんですけど、無意識だから、どうすればいいか分からない。(笑)
結局、自分のことは自分で知っていくしかないんだなと思っています。


あと、最近思うようになったのが、自分が元気に見えるのは、相手から元気を貰っているからなんだろうなということ。辛い仕事でも、笑顔で人と接していれば、誰かが「ありがとう」とか「頑張ってるね」と言って下さるんです。


今までは、自分の力だけで元気にやってきたと思っていたのですが、少し、違うようです。(これに気付くのに何年もかかりました。。💦)


結局、いつも元気な自分も、その反動でどっと疲れている自分も、どっちも本当の自分なので、変えることは難しいのだと思います。
ただ、この両方の面のバランスを良くしていけば、もっと生きるのが楽になっていくんだろうなぁとは思います。
。。。難しいですね。笑


今回もお読み頂き、ありがとうございました🍀

ポジティブとは何なのか?

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私はものすごく怖がりで、不安がり(?)で、臆病な人間です。
特に15~21歳くらいまでは、将来のことが不安で仕方なくて、良くないことばかり想像していました。
(当時【←16~19歳まで】は学校へ行ってなかったので、このまま引きこもりから抜け出せずに、孤独死するんじゃないか。etc 考えていました。)


しかしそんな私でも、今ではだいぶ精神状態も安定してきました。
というのも、「なんとかなるだろう」という気持ちが大きくなってきたのです。


私はものすごく臆病な人間ですが、それと同時に、行動力のある人間でもあります。
(自分で言うのもなんですが。💦)

思い付きで海外に行くほどの行動力はないのですが、自分ができる範囲内のことは、何でもやってきたつもりです。

そして、その行動力の源は何かと言えば、それは漠然とした『不安感』です。

この不安感がとても強力で、時にはこれに押し潰されて、死にたくなることもある程です。

今はまだ、守ってくれる家(=両親)がありますが、それもいづれなくなります。
そうなった時に、何とか一人でもやっていけるように、今から必死にもがいています。


でも、最近ふと思ったのです。
これだけ不安感に押し潰されそうになりながら、闇雲にもがいている人間が、将来何もせずにただ黙って孤独死するのを待つ。。。なんてことが、あるのだろうか?と。


きっと、最悪な状況に陥ったとしても、自分ができることを何とか探し出して、それを行動に移してくれるんじゃないかと。
(たとえそれが結果に結び付かなかったとしても。)
そう考えられるようになったのです。


私はもともとポジティブな人間ではありません。
けれども、不安に駈られながらも行動することによって、経験値を積むことはできています。
失敗がほとんどでも、得られるものはあるのです。
(本当に、8割方は失敗に終わっているのですが💦)


そう考えると、(不安を糧に行動していけるという意味において)ネガティブもあながち悪くないなと思えます。


そもそも、生まれながらのポジティブというのは、存在するのでしょうか?
(脳内に流れている分泌物が違うのかな?)


とにかく、ネガティブでも生きていけるよ、行動すれば何かが変わるよ、というお話しでした。
表題とはちょっと違いますが、実際に動くことによって心の持ち方が変わったネガティブは確かに存在します。


今回もお読み頂き、ありがとうございました🍀

紆余曲折あった私のこれまで②

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一人では抱えきれないほどの危機感に突き動かされて、
私は通信制高校の門を叩きます。
それと同時に、「学歴」という一つのステータスを手放すことになりました。

(それまでは、同年代の中でも成績は良い方で、
実際に偏差値の高い高校へと進んだのですが、通信制には学歴の高い低いは関係ありません。卒業すれば高卒認定はもらえますが、高学歴とは無縁になりました。(^-^;))

けれど私は、この選択が正しかったと思います。

通信制高校での私の日々は、わりかし気軽なものでした。
友達こそいませんでしたが、信頼できる先生がいました。
この頃から、深く思い悩む回数は減ってきたように思います。

登校する頻度は月1,2回程度でしたが、普段はバイトをして過ごしました。
今まで学校にも行けなかった私が、社会に出て働くということは、とても大きな進歩でした。

幾つかのバイトを経験したのち、分かったことは、
「大人数の職場では働けない。」
(出勤一日で辞めたことが複数回あります。できるだけ少人数の職場を選ぶようにしていますが、それでも駄目な時は、平謝りしています。)
「フルタイムで働くことが難しい。」
(不可能ではないですが、色々条件が整った場合に限ります。)
ということです。

まだ、この頃までは、フルタイムで働くことも選択肢の一つにありましたが、時を重ねるにつれ、それも難しいことを実感していきます。

マイナスなことの方が多いようですが、仕事上で褒められることも沢山ありました。
というよりむしろ、人より様々な部分に目が届くこともあって、重宝されることの方が多かったです。

恐らく、様々なことに気付き過ぎる性質が、大人数で働くことを困難にしているのだと思います。
しかし、環境さえ合えば、そんな性質も得意に変えられるということが、私にとって大きな自信となりました。

→続く

紆余曲折あった私のこれまで①

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私がまだ16歳だった時、私は大きな壁にぶつかりました。
『多くの人達が歩んでいる道を、私は歩けない。』
それは大きな挫折でした。

それまでも、人と違うことでずっと悩んできて、
吐いたり、
思った通りに体が動かなかったりして、
苦痛の日々を過ごしていたのですが、
ここにきてもう全く、
一歩も前に進めない状態に
陥ってしまいました。

具体的には、学校へ行けなくなってしまったのです。

私はただ、ひたすらに悩み続けました。

何故、学校へ行けないのかは分かりません。
ですが、このまま進んでも、
明るい未来はないなと感じていました。

学校へ行けなくなって半年、
私は高校を中退しました。

次に私が向かった先は、定時制高校でした。

ここなら、全日制高校と比べて、人と接する機会も少なくすみます。
ですが結局、この高校も僅か半年で辞めてしまいます。

私は、深い深い自責の念に苛まれるようになりました。

この生活は2年間続きます。
ほぼ、誰とも接することなく、私は2年間、学校へと通わない生活を続けました。
外へは出ていたので、半引きこもり状態です。

やっと再び社会へと出ていく気になったのは、
周りの人達が大学への進学を決めた頃でした。

→続く